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任天堂のゲームのスキップについて


今朝の日経新聞を読んで、目を疑った。

「任天堂がスキップ機能」参考(http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news000696.html)

早くも、ネット上ではこれに関するスレッドが立ち、議論?されているようだ。


要約すると、
ゲームの難しい場面を飛ばせる機能。ゲームの進行に行き詰って途中で投げ出さないように配慮したい為。
と、言うような事が書かれているが・・・


この案を思いついた人は「ゲームを理解していない」としか思えない。

少なくとも「ゲームが目的ではなく、ゲームが手段」の人たちの発想である。

まぁ、任天堂がゲーム会社である以上、ゲームが手段になるのは会社経営に必要な考え方ではあるが、そもそもゲームが何故生まれたのか、何故ゲームをするのか、を全く考慮していないものである事は確定的に明らか。

「ゲームウォッチのドンキーコング」「ファミコンのスーパーマリオブラザーズ」でヒットしたのは、もう昔のお話、と語るしかない状況である。


これは自論になるが、そもそもゲームとは

「ある一定ルールに沿った行動が出来る(仮想現実の中)で、
目的を達成する為に障害を乗り越える事で、達成感を得る

事が目的であり、

操作を工夫することのみ障害を乗り越える事」

が、ゲームのやりこみ要素であり、

障害を乗り越えた事

が、(仮想的にであっても)努力の結果としての達成感となり、

「ゲーム達成や進行具合が、話のネタになる事」

で、ともすれば

「(他者に対しての)優越感になったり、
(一時的であっても)羨望の的になったり、そういう事」

が楽しいんではないかと考えている。


今回、任天堂がやろうとしているのは、ゲームの存在そのものを根底から崩壊させるものであると考えている。
ユーザーが望む物が「全て良いもの」とは限らない。任天堂はそれを理解しているのだろうか?

少なくとも、多くのTVゲームファンがこの「スキップ機能」に関して否定的であると考えている。




ゲームは操作可能なムービーではない。ゲームはゲームなのだ。






ここまで書いて、「まー流石に、天下の任天堂ですから、スキップといってもなにか差別要素があるのではないか」と思っている。
「イージーモードでゲームをするような位置づけのナニか」があって欲しい。
それだったら、難易度に「練習モード」を追加するだけで良いのではないか?
それをあえて、このような形で発表すると言う事は、ナニかゲームのあり方に「新たなブレイクスルー」をもたらす事が出来る自信があるのだろうか?




それとも・・・話題沸騰で名前を売る事が目的だったり・・・してw



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コメント(2)

子供向けゲームでは要望が増えているのかもしれませんね。

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このページは、n-yagiが2009年7月 6日 09:57に書いたブログ記事です。

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