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ガイドライン考察

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こぴぺ学で、とりあげたガイドラインについて。
さて、昨今の"いんたーねっつ"ではネット伝承を自ら進んで推し進めたい人たちの力によって「ガイドライン」が作成されているようです。「ガイドライン」でぐぐると、某巨大掲示板が上位を占めている事から、イカに激しく多くの人達がガイドライン策定に関わっているかを窺い知る事が出来ます。

元々「ガイドライン」とは、
ガイド・ライン【guide-line】
1.政策の指針。指導目標。
2.日本銀行が~(ry
〔引用:広辞苑 第3版(岩波書店)〕
と、途中省略しましたが、基本的には「誰もが認めるあるべき姿を明文化したもの」であり、「後続がコレに従う事が望ましいとされている事」という意味合いであると認識しています。

前回の記事で言っていたネット伝承のハシリとなるガイドラインも、こぴぺの在るべき姿を示す指針として明文化しようという志の元に、某巨大掲示板群にあるガイドライン関連の掲示板で、混沌とした雑談話し合いが行われています。



そもそもコピペに何故ガイドラインが必要なのか、疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

「コピペって Copy&Paste のコトでしょ?そのまま情報複製するのになんでガイドラインが?・・・あー、ビデオのダビングしちゃダメよ、みたいなもの?」

など、疑問に思いもしなかった貴方は相当(おそらく自覚はないでしょうが)、某巨大掲示板の文化に毒されて馴染んでおられるコトと思います。




おそらく、「コピペ」なんて言葉が流行る以前から、ネットで面白い文章&文脈を見つけたら
「コレ面白い!あいつ等にも教えてやろう」
と、文面をそのままコピーし始めたのが始まりであろうことは、想像に難くなく、その際に
「チョっと小細工して、オリジナルより面白くしてやろう」
と助平心が働くのも、容易に想像できるコトでしょう。



恐らくは、いんたーねっつ、以前のパソコン通信の時代からそういう流れはあったと思います。



時代は流れ、パソコンを含めユーザーの通信環境は激変し、今のネット環境に至るまで、そのような「コピペ文化」を取り巻く環境も変化していきました。

誰もがネットに繋げる時代になり、それまで それなりの知識を持ってそれなりの倫理&モラルをもって維持されてきたパソコン通信による文化が、それなりの知識を(まだ)持っていない素人に群雄割拠され、掲示板に集まる人達も、現実世界と同じく、イロイロな人々が集まるようになった訳です。


そんな混沌とした始まりの状態が、つい最近まで、ほんの10年前の状態です。


それまで個々(それなりに判っている人たちだけ)のモラルによって均衡を保ってきた為「モラルについて、いちいち言わなくても判る」世界でした。これが、「ある程度は説明しないとわからない」状態になった訳です。

そして、後から後からどんどんと人(ネット初心者?)が入ってくる、そういう現在の状態になりました。古参は、常に初心者に対して常識を説明しなければならない状態になり、同じ質問を何度も答えなければならない状態になりました。

「ネット使っててなんで聞く前に調べないの?」

当然、こうなります。そして、いつしか「ググれ」などという言葉まで生まれました。
まぁ、本当の初心者にしてみればとっかかりすらない状態では、分ってる人に聞くしかない状態だったりすることもあるので、この対応が必ずしも良いものではない、というコトは古参も分っているのです。分っちゃイルんです。でもネ・・・(ry

この後、帝政ローマの時代のググレカスといわれる人物が話題になり流行となったのは記憶に新しいところでしょう。



そして、「コピペ」もそのような時代背景に準じて、
  1. コピペする。
      ↓
  2. それもうミタ。
      ↓
  3. 面白いからイイじゃん。
      ↓
  4. おまへの改変がつまんネーんだYp!
というサイクルを、至る所(様々な掲示板)で繰り返し、度重なる議論の末、食傷気味になったユーザーが耐えかねて、ガイドラインを作りそこへ誘導するようになった、と考えても不思議ではないでしょう。

「別に貴方のコピペが詰まらないから悪いと言ってる訳じゃないんです。」
「本当にツマラナイというコトがどれだけ他人の人生を無駄にしているのか、つまらなかった時の結果を考えずに、駄作を量産する人がy(ry」
「いやいや、改変が改悪になってしまっては、元ネタに申し訳ないではないか」

今でも、「(つまらない→)元ネタが~(ry」ループを見かけます。
傍から見れば「お前ら元ネタどんだけ愛しているんだよ」とか思いますが、それでも本当に面白い元ネタがあり、本当に改悪のコピペが存在するのも事実です。



そんなループや元ネタの議論をする人達には、
「面白い奴に楽しませてもらっている。しかもタダで。」
という思いが一様に見受けられます。

「(俺は)普通のつまらない人間」<=>「(オマエは)他人を楽しませることが出来る面白い人間」

という構図があり、比較的素直に「他人を楽しませる事が出来る人間」に対し敬意を持っていると言う事です。
時々「オレを楽しませてくれ」的な発言をする人も居ますが、根本的には敬意をもっているようです。

「なんだ、おまえら結構良い奴じゃねぇか。」という映画のジャイアン的存在を狙っているのでしょうか?


そんな、チョっぴり良い奴等でも、つまらない駄ネタには容赦がありません。
つまらないコトをネタに別の話題に持っていかれる事が殆どですが、 本当にどうしようもないツッコミどころのない場合は、無視という結末で終わる事もあります。
マジレスの応酬でフルボッコにされるコトもあります。

大抵は、「上手い事言う奴」がその場を収めます。

すると「チっ、オメェ佐々木さん(仮)に感謝しろよ?」と棄て台詞を残して去るチンピラの如く、事が収まる事が多いのです。まるで予定調和のように。
しかしこれも、「うまい事言った人」に対して、それなりの敬意をもって引き下がる、と言った見方が出来ます。


ガイドラインも、コピペを流行らそうと誰かが躍起になっているような場合、その殆どが自然消滅します。後に語られるのは「昔そのネタで騒いでた奴が居た」と、ネタではなくショウガナイ人として記憶されることが多いですね。

「人を憎んでネタを憎まず」といったところでしょうか。



では、ネタを努力で流行らせる事はできないのか?
答えは「出来ないことはない」でしょう。

おそらく、仮想世界に限った事ではなく「決め台詞のように何度も繰り返し洗脳する。」という、いまどきの芸人にも通じる続ける努力が必要になることでしょう。


掲示板でも「あッ、これ見たことあるー」という文章が、ネタとして広まることが多々あります。
コピペなんかは、その最たる例と言えるでしょう。

「継続は力なり」というのは、どんな場所においても、例え仮想世界でも通用する王道と言えそうです。



さて、話しを元に戻します。

実際の所、先に話した「元ネタを愛する人達」が、「元ネタの劣化を恐れてガイドラインを作る」という説の方が、現実味が強いでしょうか。

基本、ガイドラインを作るのは元ネタの考案者ではなく、元ネタの共感者であり、ネタが流行り万人に受け入れられてから作られる、というのが筋でした。
今は、情報は鮮度!と言わんばかりに、流行るっているのかどうか微妙な内にガイドラインが作成される事が多いようですが。


私個人は、この早期ガイドライン化にはイマイチ賛成出来ない側の人間だったりします。
ネタは広まって熟成して万人に受け入れられて、大成してこそ、とか思っているのですが、皆さんはイカがでしょうか?





なんとかこじつけるコトが出来マシタ。

話が発散してどうなる事かとおもったぞ。
なかなかヤルな、おめぇ!

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このページは、n-yagiが2009年5月14日 15:35に書いたブログ記事です。

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